『ビリッヒ博士の最期』

 
チューリッヒ・ダダの立役者ヒュルゼンベックが1920年に発表した、ちょっとクラニー小説を思わせる自己処罰物語。

ラップのようにせわしなく言葉が紡がれていき、まるで死に際のパノラマ視現象のように、ほとんど説明らしい説明もなく場面が目まぐるしく移り変わっていく。ついていくのが一苦労。全編を貫くのは夢の論理。唐突に事業は破綻し、原因らしい原因もなく決闘の申し込みがなされ、殺人事件は何事もなかったかのように忘れ去られる。物語が終局に近づくにつれ、その目まぐるしさは加速され、もはやどの程度時間が経過しているのかもよく分からなくなっていく。

まさにこれはパノラマ視現象……もしかするとこの小説全体は、ビリッヒ博士が死に際の一瞬に見たまぼろしではないか。あのころのドイツ人がいかにもやりそうなカラクリである。

ちなみに表題「ビリッヒ博士の最期 Doctor Billig am Ende」は「死に際のビリッヒ博士」と訳すことも可能だと思う。