クラシックミステリ

どんな鞄?(5):末期のSF

歌うダイアモンド (晶文社ミステリ)作者:ヘレン マクロイ晶文社Amazon 『氷』はおそらくアンナ・カヴァンがはじめて書いたSFらしいSFである。世界が氷で覆われていく現象には疑似科学的な説明が与えられているし、混乱に乗じて「長官」が独裁国を作るといっ…

クラシック・ミステリといえば、

本名でサイト運営していた頃の〇・蔵〇さんが、熱心に国書探偵小説全集の第一期を読んでいたのを知る人は今では少ないのではないか。レビューの一部分はまだかろうじて残っているので、本人はいやがるだろうが、ご参考までにいくつかリンク: 『薔薇荘にて』…

鮎川哲也未収録推理小説集発刊!

今さっき来たメールによると、なんかとんでもない本が出るようです。 鮎川哲也未収録推理小説集「夜の演出」 鮎川哲也の作品群は立風書房の鮎川哲也長編推理小説全集、鮎川哲也短編推理小説選集そして現在も刊行が続く創元推理文庫、光文社文庫で、そのほと…

冬コミROM祭り

「クラシックミステリのススメ」はどうやら這般の事情で冬コミには間に合いそうにもありませんが*1、クラシックミステリの灯は絶やしてはならぬ断じて!というわけで、ROM編集長にお願いして、バックナンバーを委託販売させていただくことになりました。 当…

脅迫しない脅迫者の謎

ウォンドルズ・パーヴァの謎 (KAWADE MYSTERY)作者:グラディス ミッチェル河出書房新社Amazon こういう本を読むと「やはり英国ミステリはいいなあ」と思う。なにしろ謎がコテコテに盛られているから。それでいて物語はゆったりと流れ停滞しないから。弁護士…

ROM

「次の次のROMはドイツミステリ特集になるかもしれない。締め切りは五月末」というメールを編集長から受け取ったので、あわててカール・ハンス・シュトロープルの「青髭夫人」を読み始める。でもこの作品はミステリなのか? 冒頭に警察署長が出てくるからた…

独語圏図解戦前推理小説書誌

以前小林晋さんに教えていただいた、Mirko Schädel のIllustrierte Bibliographie der Kriminalliteratur im deutschen Sprachraum von 1796 bis 1945がついに到着した(送料をけちって船便で送ってもらったのだ)。タイトルに「1796年から1945年まで」とあ…

アララテ再説 

アララテのアプルビイ (KAWADE MYSTERY)作者:マイクル・イネス河出書房新社Amazon 「アララテのアプルビイ」を一読して、どうもこれに似たものを過去にも読んだことがあるなあ……と何かひっかかっているような気持ちだったが、今日ようやくその正体がはっきり…

難解至極

アララテのアプルビイ (KAWADE MYSTERY)作者:マイクル・イネス河出書房新社Amazon 日本で言えば殊能将之、フランスで言えばピエール・ヴェリ、ドイツで言えばH.C.アルトマン。しかし彼らの誰よりもぶっとんでいる。とにかく理解を激しく超える本なのは確かだ…

ROMの心地よさ

ROMの最新号は須川毅猊下入魂の編集による、マイケル・イネス未訳作品特集である。下の画像ではつぶれて読めないかもしれないが、サブタイトルには"The Bizarre World of Michael Innes"とある。本書のレビューを読む限りでは、このBizarreというのは実に適…

独仏幻想ミステリ逍遙(4)レルネット=ホレーニア『僕はジャック・モーティマーだった』

舞台は戦前のウィーン。主人公はタクシードライバーのフリードリヒ・シュポーナーという青年(右の書影にはいい年をしたオッサンが写っているが、これはなんかの間違いで、われらのシュポーナー君はたぶん二十歳そこそこくらいではないかと思う)。彼にはマ…

独仏幻想ミステリ逍遙(3)エルンスト・ユンガー『危険な出会い』

第三ファントマ(a.k.a.ヨーイチ)さんから教えてもらったエルンスト・ユンガーが1985年、御年90歳のときに書いた探偵小説である。舞台は19世紀末のパリ。海峡を隔てたロンドンで、切り裂きジャックが世間を騒がせていたとあるから、1888年の話なのだろう。…

独仏幻想ミステリ逍遙(2)モーリス・ルナール『?彼?』

モーリス・ルナール(1875-1939)はJ-H・ロニーと並び戦前フランスの幻想的SFを代表する作家である、とシュネーデルの「フランス幻想文学史」では位置付けられているが、ミステリと称して差し支えない作品も何作か書いている。中でもこの「?彼?」(1927)など…

『松本恵子探偵小説選』

松本恵子探偵小説選 (論創ミステリ叢書)作者:松本 恵子論創社Amazon 「何でも思ったまま口にしたり行動したりする」「一人で旅立たせたらどんな頓狂な真似をするか知れない」オテンバの故をもって「ケイスケ」と呼ばれていた*1松本恵子の傑作選である。ほと…

天城一の密室犯罪学教程 ISBN:4535583811

これまでアンソロジーに収録された数編しか読んでいなかった拙豚にとって、この本は実質的な天城一初体験であったが―― 一読して腰を抜かした。これは断じて一部マニア向けの本などではない。日本ミステリ史の里程標となるべき作品集だ。実際、本書は二つの点…

鮎川哲也は、なぜ我々をハッピーにするのか? (その2)

同様のことを中村真一郎も彼の著書『文章読本』のなかで述べている。文章読本という、いわば文章のお手本集の中に鮎川哲也の文章を入れるというのも相当な見識ではあるが、そこで彼は鮎川は鷗外に学んでいるのではないか、とまで言っているのだ。鮎川が引用…

鮎川哲也は、なぜ我々をハッピーにするのか? (その1)

巌谷小波お伽文庫はまだ出てこない。代わりに今度は角川文庫版の『黒いトランク』が出てきた。この本の天城一の解説は天下の名解説だと思う。拙豚は寡聞にして、これほど鮎川作品の魅力を的確に述べた文章を他に知らない。角川文庫も手に入れ難くなっている…

『恐怖』(モーリス・ルヴェル)

「ルヴェル未訳長編を読む」シリーズ第一弾は1908年に発表された「恐怖(L'epouvante)」。それにしてもこれは、長い間埋もれていたのも無理はないと思わせるほどの変な話だ。この長編を正当に評価できるのは、もしかしたら異形のミステリが軒を競うように次々…

『夜の冒険』 (S.A.ドゥーゼ 小酒井不木訳)

西の古本女王と呼ばれる人の処分本である。毎度のことながら「いったいどこでこんな珍しい本をこんなに安く見つけてくるんだ〜」と感嘆することしきり。 この長編は「スミルノ博士の日記」である種(というか日本でのみ)有名なスウェーデンの作家サミュエル…