2003-01-01から1年間の記事一覧

『澁澤さん家(ち)で午後五時にお茶を』 (種村季弘 学研M文庫)  ISBN:4059040061

「時間のパラドックスについて」…これは澁澤龍彦の『思考の紋章学』に収録されている名エッセイであるが、本書『澁澤さん家で…』で描かれた澁澤像は、まさにこの「時間のパラドックス」の体現ではないかと思う。 本書の全体は内容的に三つのパートに分けられ…

鮎川哲也は、なぜ我々をハッピーにするのか? (その2)

同様のことを中村真一郎も彼の著書『文章読本』のなかで述べている。文章読本という、いわば文章のお手本集の中に鮎川哲也の文章を入れるというのも相当な見識ではあるが、そこで彼は鮎川は鷗外に学んでいるのではないか、とまで言っているのだ。鮎川が引用…

鮎川哲也は、なぜ我々をハッピーにするのか? (その1)

巌谷小波お伽文庫はまだ出てこない。代わりに今度は角川文庫版の『黒いトランク』が出てきた。この本の天城一の解説は天下の名解説だと思う。拙豚は寡聞にして、これほど鮎川作品の魅力を的確に述べた文章を他に知らない。角川文庫も手に入れ難くなっている…

モーリス・ルヴェル女性説について

本の山を崩しながら大和書房版『巌谷小波お伽文庫』を探していたら唐突にマーヴィン・ケイのアンソロジー"Devils & Demons"が出てきた。何を隠そう、この本こそが、6月5日の日記に書いたモーリス・ルヴェル女性説の元凶でなのである。そういうわけで、いのも…

『稲生モノノケ大全 陰ノ巻』を読む前に(3)聖侯爵の影 ISBN:4620316490

・・・えーまあこのようにして、「いのもけ」が出るまで、「ゴドーを待ちながら」よろしくむだ話を続けていくわけなのであるが、それはともかく、「稲生物怪録」と「草迷宮」との構成上の顕著な違いは、「物怪録」では化物屋敷の中で物語が終始するのに対し…

『郡虎彦 英文戯曲翻訳全集』(未知谷 横島昇訳・解説)ISBN:4896420802

過去放たれてきた未知谷の数々の好企画のなかでも、この本は間違いなく最上の一冊だろう。こんな本はなかなか現われるものではない。出版まもなくして既に時間を超越した存在感を持っている。 横島昇氏による匂いたつような訳文がまた素晴らしい。端正な文章…

『稲生モノノケ大全 陰ノ巻』を読む前に(2)「草迷宮」のことなど ISBN:4620316490

…えーそういうわけで、なるべくシブサワ引力圏から離れたところで「草迷宮」を改めて読んでみようと思う。拙豚にとって「稲生物怪録」とは、そのタルホヴァージョンに他ならないから、あえてタルホ的に「草迷宮」を読む。 ところで、「ランプの廻転」におけ…

『稲生モノノケ大全 陰ノ巻』を読む前に(1) ISBN:4620316490

「稲生モノノケ大全」が待ちどおし。本来ならばこの手の感想は読後に書くのが普通なれど、待ちきれなさのあまり、出版前に書いてしまうなり。マー賑やかし、前夜祭のたぐいと思ってくださればよし ところで拙豚が「稲生物怪録」を知ったのは稲垣足穂経由であ…

「セランポーレの夜」

*エリアーデ幻想小説全集〈第1巻〉1936‐1955作者: ミルチャエリアーデ,Mircea Eliade,住谷春也,直野敦出版社/メーカー: 作品社発売日: 2003/07メディア: 単行本 クリック: 9回この商品を含むブログ (19件) を見る* 「ホーニヒベルガー博士の秘密」と対をな…

「ホーニヒベルガー博士の秘密」(7月15日の続き)ISBN:4878935146

…そうして、二人の女性に見放された時間軸Ⅱの世界は崩壊の一途をたどる: 右の物語の数ヵ月後に私はまたS通りを通りかかった。十七番地の家は取り壊し中だった。鉄格子はところどころ引き抜かれており、泉水はがらくたの軽馬車や敷石でふさがっていた。私は…

「ホーニヒベルガー博士の秘密」ISBN:4878935146

…エリアーデ小説の中を流れる重層化された時間は、エリアーデ本人にとっては自然なものなのだろうが、われわれがそれを実感するのは難しい。それを何とか体験(追体験)する一つの方法として、中井英夫『悪夢の骨牌』をとっかかりにしてみようと思う。この『…

「蛇」ISBN:4878935146

エリアーデの幻想小説としての処女作『令嬢クリスティナ』が伝統的コードに則った端正な吸血鬼小説であったのに対し、次いで発表された『蛇』は早くも作者の本領が全開発揮されていて、「エリアーデ小説」としか名づけようのないものになっている。そのおお…

『エリアーデ幻想小説全集Ⅰ 1936-1955』(住谷春也編) ISBN:4878935146

ついに出た! これを快挙といわずして何といおうか。 この第I巻では、長編の初訳は「蛇」のみ(ちょっとさびしい)。他はすでに単行本のある「令嬢クリスティナ」「ホーニヒベルガー博士の秘密」「セランポーレの夜」。それらに加えて、われらがマタドール小…

ブラッディ・マーダー

*ブラッディ・マーダー―探偵小説から犯罪小説への歴史作者: ジュリアンシモンズ,Julian Symons,宇野利泰出版社/メーカー: 新潮社発売日: 2003/05メディア: 単行本 クリック: 2回この商品を含むブログ (4件) を見る* この本では「犯罪小説」という語がかな…

『恐怖』(モーリス・ルヴェル)

「ルヴェル未訳長編を読む」シリーズ第一弾は1908年に発表された「恐怖(L'epouvante)」。それにしてもこれは、長い間埋もれていたのも無理はないと思わせるほどの変な話だ。この長編を正当に評価できるのは、もしかしたら異形のミステリが軒を競うように次々…

『田舎の事件』

田舎の事件作者:倉阪鬼一郎幻冬舎Amazon なんと言うか悪性腫瘍の摘出手術をライブで見ているような感じ。身につまされすぎてとても笑うどころではない。ああ自分はこんな風にならずに今まで生きてこれてよかったなあとつくづく思う。

『死が招く』(ポール・アルテ)ISBN:4150017328

「この小説を読み終わったら、どんな人でも絶対にアルテ・ファンになっているだろう」と本書の帯に書いてあった。では拙豚も、これを読んだらアルテファンになるのだろうか、と思って読んでみました。ちなみに先に出た「第四の扉」ISBN:4150017166。 結論か…

『夜の冒険』 (S.A.ドゥーゼ 小酒井不木訳)

西の古本女王と呼ばれる人の処分本である。毎度のことながら「いったいどこでこんな珍しい本をこんなに安く見つけてくるんだ〜」と感嘆することしきり。 この長編は「スミルノ博士の日記」である種(というか日本でのみ)有名なスウェーデンの作家サミュエル…

ジルベール・ルリィの詩集

ですぺら通信http://hpmboard1.nifty.com/cgi-bin/bbs_by_date.cgi?user_id=NBG01107の6月20日の書き込みで、渡邊一考氏は「人に本を貸すときはなくなるものと覚悟しています。ジルベール・ルリィの詩集も戻りませんでしたし、数十冊の書冊が消えました。」…

『スペイン黄金世紀演劇集』(牛島信明編訳) ISBN:4815804648

恥ずかしながら某巨大掲示板に首までドップリと漬かっている毎日である。病膏肓に入り、とうとう古典演劇のセリフまでが2ちゃんのレスの応酬に見えてきた。たとえば以下のようなくだりとか(ドン・アロンソ(アロ)はスペインの貴族、モスカテル(モス)はそ…

『無言劇』

無言劇作者:倉阪 鬼一郎アドレナライズAmazon 内田百閒にルイス・キャロルが憑依して書いたようなミステリである。作中延々と続く「片付かない会話」は百閒ファンにはたまらぬと思う。Weird World6月6日によると、この作品は もう一つ、「2003本格ミステリ・…

『聖ペテロの雪』(レオ・ペルッツ) ISBN:1559700831

ペルッツの現代ものの最高傑作。この作品は天衣無縫というか、とにかく縫い目が見えない。そして恐ろしい緊迫感で物語が前へ前へと進んでいき、途中で本を置くことは難しい。 物語は内科医アムベルクが病院で目覚めるところから始まる。最初、彼の記憶はうま…

『ホラー・ジャパネスクを語る』(東雅夫・編) ISBN:4575234699

津原泰水氏との対談での、東雅夫氏の次の指摘には目から鱗が落ちた。 『妖都』における日本神話やマライ=ポリネシア神話のバックグラウンドに関しては、文庫版に山内秀朗さんが素晴らしい解説を寄せていらっしゃいましたよね。そういう汎アジア的に拡がって…

モーリス・ルヴェル重版を寿ぐ

…創元推理文庫が重版したのが目出たいというのは、世も末という感じもするが、そこはそれ。重版を記念して拙豚日記も、ペルッツが一段落したら、『モールス・ルヴェル未訳作品を読む』シリーズをやる予定。乞御期待。ところで、これを読んでいる読者諸賢は「…

『どこへ転がっていくの、林檎ちゃん?』

この奇妙なタイトルはロシアの流行歌(?)から取られているらしい。1931年1月、この本を読んで感動した、当時若干22歳のイアン・フレミングは作者ペルッツにあてて次のようなファンレターを書いている。007シリーズで脚光を浴びる20年ほどまえの話である。 …

『レオナルドのユダ』

これはペルッツの遺作である。死後に遺された原稿を、弟子で友人のレルネット=ホレーニアが整理して決定稿としたらしい。それかあらぬか、ペルッツの作品らしからぬ、すっきりとした仕上がりになっている。あのペルッツ小説の醍醐味、迷宮のただ中で置いてき…

『第三の魔弾』

訳者の前川道介氏がこの小説を翻訳していたときは、まだヨーロッパでもペルッツの再評価は始まっていなかったらしい。1920年代にはベストセラーとなりながら、ナチスの台頭以降永らく忘却の淵に沈んでいた彼の小説群は、80年代後半に本国のオーストリアはも…

『夜毎に石の橋の下で』

ルドルフ2世時代のプラハを舞台にした連作短編集にして、おそらくペルッツの最高傑作のひとつ。王ルドルフ2世とユダヤ人の裕福な商人モルデカイ・マイスル、それに「偉大なるラビ」を中心人物として、錬金術師・宮廷画家・道化師・武人などが入れ替わり立…

『小鳥たち』

小鳥たち (新潮文庫)作者:アナイス ニン新潮社Amazon この本に収められている短編群は、もともと公表を目的としたものではない。作者アナイス・ニンはシェエラザードとしてこれらの作品を綴ったのだった。つまり、これらの元原稿は、シャーリアル王(あるエ…

銀の弾丸

…私はボソリとそう呟くと、部屋を出ようとした。そして……そいつに気がついたのだ。"クトゥルフ"だ。 織子の死を悼むため、"クトゥルフ"がこの世につかの間姿を見せたのだ。 "クトゥルフ"の形を見ることはできない。無定形な存在なのだ。ある種の霊気に似てい…